第4回 渚にて/世界の終わりの情景に再会した

 警戒区域に設定されて、立ち入り禁止となる前日であった。思いがけず規制がゆるやかな検問を抜けて、はじめて南相馬市小高の被災地に入った。その後、幾度となく警戒区域には入ったが、この日の経験は忘れがたいものになった。

 夕暮れが迫っていた。ひたすら南へと下った。道路沿いの家々は津波に舐め尽くされ、家も車も何もかもが瓦礫と化して、放置されていた。むろん、人影はなかった。震災、そして原発の爆発とともに、一軒残らず避難が行なわれていた。十五キロ地点にたどり着いた。アスファルトの路肩が津波に崩されて、それより先は進むことができない。十字路に車を停めて、外に出た。見はるかすかぎり泥の海が広がっていた。世界の終わりのような風景だった。簡易な防護服を積んでいたが、ついに着ることはなかった。線量計は〇・三九マイクロシーベルトを示している。泥の海のかなた、二本の松のあいだに、わずかに白い波飛沫が見えた。海からの風によってか、そこは汚染地帯ではなかった。

 そのとき、わたしは遠い日に読んだ一冊の小説を思い浮かべた。『渚にて』である。その小説のどこかに、ガイガー・カウンターを操作して放射線量を測定する場面があった。そんな物を携えて歩く日が訪れるなど、思いも寄らぬことだった。それが眼前の出来事のひと齣となって、すぐ・そこに転がっていることに、茫然とした。そんな風に、かつて読んだ本のひとつのシーンが眼の前に出現することなど、そうたくさんあるはずがない。わたしはたしかに、黄昏の海に近い瓦礫の散乱する交差点で、『渚にて』という小説と、奇妙な異物感とともに再会したのだった。ほんの一瞬のことだ。

 一九六〇年代の後半であった。中学二年か、三年のころであったか。教室のなかに、SF小説でひそかに繋がる何人かの仲間がいた。たぶん、そのなかにだれか早熟なSF小説好きの少年がいて、かれが文庫本を貸してくれたのだと思う。眼鏡をかけた少年のかすかな面影は浮かぶが、名前もなにも覚えていない。わたし自身も一、二冊は買い求めていたのかもしれない。創元社か早川書房の文庫ではなかったか。そのなかに、ネヴィル・シュートの『渚にて 人類最後の日』が含まれていた。ほかに、アーサー・C・クラークの『幼年期の終り』や、ヴァン・ヴォークトの『非Aの傀儡』などの名前が浮かぶ。

 どれも、ほとんど内容についての記憶が、かけらもない。あきらかに難解な小説であったし、背伸びしながらの読書だった。秘密の世界を覗き込んでいるような、奇妙な高揚感だけは覚えている。あの眼鏡の少年はきっと、突出した知識を持ち合わせた影の導者だったのである。わたしを含めて、ほかの少年たちはみな年相応に幼くて、そのおこぼれを分けてもらっていたにすぎない。憂愁を知ったばかりの年頃の少年たちは、教室の片隅で低く言葉を交わしながら、暗号解読のために情報を交換しあっていたのだ。冒険小説しか読んだことのなかった少年にとっては、それらの本格的なSF小説は、いくらか敷居の高いジャンルであったかと思う。

 わたし自身はそもそも、とりたてて熱心なSF愛好家ではなかった。ただ、なぜかは知らず間欠泉かなにかのように、ときおりSF小説が向こうから近づいてくることがあった。『性食考』という本を書いていたときにも、にわかにSFブームが起こった。気まぐれのように謎めいた呟きのメールをくれる、教え子の女性がいる。彼女があるとき、何冊かのSF小説の存在を教えてくれた。その一冊が「ところかわれば」(『歌うダイアモンド』所収)であり、『性食考』の終章で取りあげることになった。思考を裏返すかのような、新鮮な刺激を受けたことを思いだす。

 さて、『渚にて』を六十年振りに読んでみた。ただ、それは二〇〇九年に初版が出た佐藤龍雄訳であり、少年のわたしが読んだものではない。その訳者の「あとがき」によれば、井上勇の全訳版が一九六五年に、創元推理文庫の一冊として刊行されており、中学生のわたしたちはそれを回し読みしていたにちがいない。『渚にて』と『非Aの傀儡』は文庫本の残像があるが、とうの昔に手元からは失われている。……と、ここまで書きかけて、日本の古本屋に注文していた創元推理文庫版の『渚にて』が届いた。一九六八年刊行の第七刷である。その表紙の黄緑っぽい色合いには、たしかに見覚えがあった。細かい活字の四百ページを超える文庫本を、どれだけの時間を費やして読み切ったのか。可能ならば、中学生のわたしに感想を聞いてみたいものだ。ほとんどの本との出会いは、たいてい一回限りの儚い別れを抱いているのだと思うと、切ない気分になる。

 さて、『渚にて』は終末世界を描いたSF小説の傑作として知られる。ロシアと中国の核兵器による衝突に始まった第三次世界大戦が収束したあとに、放射性物質が、つまり死の灰が北半球から南半球へと広がってゆく。その最後の到達点となるオーストラリアを舞台として、避けがたく忍び寄ってくる死を前にした人々が、それぞれに静かに生きる最期の日々を丁寧に描いている。大きな事件はまったく起こらない。略奪や殺人やレイプ、そして暴動といった、現代の終末世界を描く映画にお決まりの情景はどこにも見いだされない。カーレースでは多くの死傷者が出るが、それとて熱い狂乱のなかで、少しだけ早い死をたぐり寄せる試みとして、静かに受容されている。人々は最後の日の向こう側に、それでも人間が不在の世界が存続してゆくことを知っている。それでいて、いま・そこにある日常の暮らしを、だれもが大事に営んでいる。やがて銀行も商店も閉じられる。店頭や倉庫にある商品は、金銭なしに与えられ、ひっそりと持ち去られる。ついに、見えない死の灰がやって来る。症状が顕われるなか、人々は無料で配布されている赤い小箱の錠剤を飲んで、それぞれに死を迎える。

 くり返すが、六十年後のわたしは、少年のわたしがこれをどのように読んだのか、と問わずにはいられない。何しろ、ガイガー・カウンターで放射線量を測る場景だけが、唯一の残像として残っているのだ。ついに、それすらどのページにあったのか確認できぬままに、読み終えてしまった。翻訳の違いか、わたし自身の記憶の誤りであったか。ただ、終末の日々の静謐さだけが、はるかな時の隔たりを越えて、かすかにいまに繋がっている。『渚にて』という小説は、わたしの身体の底のほうに沈殿していたのである。

 だから、その日、黄昏の辻の真ん中で、二人の仲間と一緒にガイガー・カウンターを覗き込んでいたとき、不意打ちでも喰らわすように、『渚にて』という少年のころに読みながら、忘れていた小説が蘇って、狼狽したのだった。既視感があった。わたしは一人うろたえていた。まさか、と思った。そして、あの小説の一場面を奇妙な痛みとともに想い起こしたのである。

 ところで、最近のことだが、一冊の新書を手に取ったときに、こんな言葉を見つけた。

 過去の歴史が経験したことのない状況に人類が直面していく時代において、我々が未来を知るためには、「経験」に依拠した社会科学には限界があり、「想像」に依拠した文学、特にSF文学が、大きな役割を果たすことになるだろう。(田坂広志『教養を磨く』光文社新書)

 共感を覚えたことを隠そうとは思わない。あえて書きつけておくが、わたしは震災のあとに、津波に奪われた海辺の風景のなかを、ひたすら巡礼のように歩きつづけた、そんな日々があった。気がつくと、文学への回帰が必要なのかもしれないという思いが芽生え、根を降ろしていった。そこにむき出しの裸形を晒している現実の群れを捕捉するためには、文学の言葉を、その力を借りるしかない、と思った。

 唐突ではあるが、あるとき、石巻の廃墟と化している家の土間のあたりで、文庫本が泥まみれで転がっているのを見つけた。拾い上げると、林芙美子の『放浪記』だった。当然ではあるが、ほんの偶然にすぎない。しかし、それが妙に映像的な記憶として残り、忘れがたいものになった。泥まみれの文庫の所有者のことを、一瞬だけ想い、すぐにやめた。足元に戻した。ただ瞑目して、手を合わせ、その場を離れた。家に帰るとすぐに、アマゾンで新潮文庫の『放浪記』を買い求めた。書棚のどこか片隅から、その本に見つめられているように感じる瞬間が、幾度かあった。震災巡礼の何気ないひと齣である。

 やはり、警戒区域に入ったある日、気がつくと黄昏になっていた。車はどこか見知らぬ、数戸ほどの集落のかたわらを走っていた。海岸からは数キロの距離があり、津波は届いていない。むろん人の気配はなく、灯りを奪われた家々は、黒ずんだ塊と化して地べたに蹲っていた。世界はたちまち闇の底に沈んでいった。家々ばかりでなく、街灯も消えていた。星明かりもなかった。見渡すかぎり広がっている暗闇のなか、車のヘッドランプだけが頼りなく道を照らしていた。やがて、アスファルトの道の真ん中に車を停めて、ライトを消し、キーを抜いた。沈黙がやって来た。だれともなく、外に出た。ほんとうの闇というものに触れた、はじめての瞬間ではなかったか。

 脱線を承知で書き連ねている。『渚にて』という、まさに世界の終わりを描いた小説には、SF的な想像力の可能性が静かに問われていた。数年前のことになるが、飽きることもなくネットフリックスで終末をテーマとする映画を観つづけたことがあった。あるとき、もういいかと思い、終末映画を切断し、そのままネットフリックスもやめた。『渚にて』の静謐と豊饒のほうが信じられる、それがわたしのささやかな結論であった。

 もし、中学生のときに『渚にて』を読んでいなかったならば、わたしは三・一一以後の日々を、少しだけ違ったかたちで経験することになったかもしれない、と思う。こんな読書体験があることを書いておきたかった。

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